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特集記事

Vol.171 -- 2014 年 07 月号

徳川文武の「太平洋から見える日本」

第六十二回 日本の若者はなぜ海外に出たくないと言うのか

 若者が海外に出て行く歴史から見ると、江戸末期から明治初期に「日本の近代化」を意識した多くの若者たちは、嬉々として欧米に出かけて多くを学び多くを成し遂げた。江戸時代後期からハワイなどへの季節労働移住、そして北米への移住となる。そのうち一九二四年日本が外交で孤立する時代が来て、米国への日本人の移住は禁止され、ペルーやブラジルへの移住が始まる。一九四一年、日本海軍の真珠湾奇襲で米国の日系人は米国市民であるにもかかわらず、自由を剥奪され財産を取上げられ強制収容所に送られるようになる。ハワイ生まれのダニエル井上さんは第二次大戦に志願して大役を果たし、以後議員の道を上り詰め、連邦議会上院の仮議長と言う最高位の政治職に就いた。一方、サンホセ出身のノーマンミネタさんは収容所に行き、終戦後サンホセ市長から上院議員、運輸長官を経て、シリコンバレイの防衛大企業の重役を勤める。

一九四五年太平洋戦争に惨敗して、日本は再び国際社会へ復帰する。この時点で、全ての面で遅れをとったと感じた若者たちは、「江戸末期から明治時代と同じように」、機会があれば嬉々として欧米に出かけて行った。それは幸い朝鮮戦争やベトナム戦争と言う米国の経済需要が旺盛な時代で、日本は数十年間も続く空前の経済成長をすることとなる。この期間に日本の企業は海外に多くの事務所や工場をつくり、これに必要な日本人を大勢送り出した。学業の世界は予算の制限のため海外で研究する機会を得られない人々は多かった。しかし企業は売上と利益が増加するなか、一九六〇年前後から始まった求人難を解決の手段として、企業宣伝を兼ねて従業員の「海外留学」と言う餌で、エリート大学の卒業生を集める動きが続いた。

そうこうしているうちに富が集中し過熱した日本経済は、一九九〇年頃には株や不動産に有り余る現金や銀行の融資を受けた現金が市場価値を暴騰させ、日本経済がバブルで崩壊する。破産した経済は十年経っても回復せず、二〇〇三年ごろは小康状態になったが、自民党内閣も民主党内閣も短命が続き、経済低迷でデフレが長引いた。この間の不景気で失業の増加と新卒の就職は苦難の時期を迎えた。国は不景気の大企業を聞き入れ「派遣社員制度」を作り、労働人口の多くが正社員でない派遣社員という地位に突き放された。この一部始終を冷ややかに観察していたのが、「江戸末期から明治初期に日本の近代化を意識した多くの若者たち」に相当する「現代の大学生や研究者たち」である。

先週のテレビ番組、ビートたけしのテレビタックルは「知っているようで知らない科学者の世界」、今週は「ゆとり教育時代の若者」がパネルに招かれ、例によって、主催者側の厳しい質問の矢面に立たされた。私はここ十年くらい母校スタンフォード大学の生命科学分野の研究者集団を覗く機会をもった。かれらはポスドクであったり、大学や民間の企業から派遣されたりして、一定期間研究生活をするのだが、その一部は米国の大学に職を得たり、米国にいる研究者と結婚したりする。テレビタックルでは研究者やその卵の学生を含む十一人の日本人が「あなたたちは将来外国で研究生活をしたいか」と質問されたが、たった一人を除いて、外国で研究生活をしたいとは答えなかったのは、私にとっては、大きな衝撃であった。この十一人には、大学生、博士課程修了者、大学教員、理研研究員も入っていたが、スタンフォード集団のように、民間企業の研究者はいなかったようだ。

私は三十年前の留学組、スタンフォードの生命科学分野の研究者集団も「自分で望んで来た人々」だが、テレビ番組に招かれた十一人は一人を除き「日本で研究生活をしたい」という。テレビ番組の主催者側がその理由をたずねたところ、「帰国したときに日本で年金がもらえない」と答えたり、「日本のレベルも外国同様に高い」とか、「日本で国民のために働きたい」とか、「外国へ行きたくない言い訳」を並べているようにしか響かない。たしかに主催者側の質問の仕方は、「外国か日本か」と言う二者択一で、ほかの可能性を与えなかった点はまずかった。将来の多くの場合は、プロジェクトに従って、海外で次の三年間、日本で次の五年間と言うように、研究者がどこかに定住すると言う場合ばかりではないと考えるのが常識的だと思う。したがって、テレビ番組に招待された十一人の学者と学者の卵たちは、必ずしも「日本でのみ研究したい」と本心では思っていないと思いたい。最大の問題は、長期間日本を離れると、その人々は帰国後「よそ者」になってしまうことなのだ


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