Vol.128 -- 2010 年 12 月号
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第21回<在外日本企業が抱える問題>
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テレビ番組でユニクロなどの日本企業の人材戦略は何回も取り上げられ、日本人以外の人材を管理職にも登用して事業が成功していると報じられている。その一方、先日「ガイアの夜明け」で取り上げられたように、中国を初めとする海外拠点で現地従業員をうまく使いこなせない日本企業が多いことも報じられている。私は幸い、米国ハイテク企業で数十年間、米国人従業員として働いた経験が五社ほどあるので、会社が従業員をどう扱うかを合わせて考えてみたい。企業に働く従業員の不満とは、賃金や福利厚生、人権と差別、契約不履行などに大別できると思う。これに加えて、外国企業の場合は、企業と現地従業員が基盤とする「風土の違い」が大きな問題となる。ここで風土とは、その土地の自然や文化的や社会的な背景を言う。
この番組に登場した日系企業は電子回路基板工場を中国で操業している。問題は従業員が毎月二百名も次々入れ替わることだと言う。ここに登場する日本の問題解決支援企業(コンサルタント)の社長は、まず従業員食堂で給食を食べ、次にこの企業の社長が接客もあるからと説明した贅沢なしつらえの日本人専用社内食堂を見た。そこは回転円卓が四つほどあり、卓の周りにレストラン用のいすが並べられている。支援企業の社長は豪華な会議室で社長と十人以上の日本人管理者を前にして、たまには従業員と一緒に昼食をして意思疎通を図ることが辞めて行く人を減らす第一歩だと言った。支援企業の社長は、日系企業はストライキが起こると、金だけで解決しようとするが待遇、食事、民族不満の事実を見直せば問題は起こらないと進言した。
また七年前に中国に進出した農業機械部品製造企業からの依頼で、社長は、工場の従業員は全員消極的で、言われたことしかしない、納期の遅れや不良が多いことが問題だと言った。支援企業の社長は、給料だけでなく本質的な問題があるかも知れないと言った。従業員食堂では従業員は残飯を残飯桶に入れて容器を片付けるが、食事が美味しくないと多くを残す。意見箱はあるが何も投票されてはいない。問題解決支援企業では、現場調査と対策捻出のため中国人二人を潜入させた。その結果、従業員は会社の管理者である日本人が「話しかけてこない」と言い、別の従業員は「社長は従業員に意見を聞いてこない」と言い、また別の従業員は「一生懸命に働いても賃金も増えないし昇進の機会も無い」と言ったと言う。深夜時間は日本人管理者がいないから、従業員はさぼり、仕事をろくにしない。従業員の休憩所は「働くことに飽き飽きした」様子が一目瞭然であると言う。調査員は企業の社長に対し、労働者たちは日本式の管理に不満をもっている、改善対策として工場の管理体制を変えるための会議を開き、中国人従業員主任も参加させて一緒に話合うべきだと進言したが、中国語に堪能なこの社長ははじめは反対したが、結局合同会議は実現された。さて、会議は支援企業の中国人が口火を切って始まったが、従業員からの発言は無く、改めて社長が協力して改善しようと呼びかけて、本当の話し合いが始まり、多くの改善要望が出された。一週間後食堂には肉料理が献立に加わり、社長も従業員食堂で一緒に食事をするようになり、食堂の残飯はなくなったと言う。
私の友人、黒海とカスピ海との間にあるジョージア(グルジア)から来た移民の息子で名前はバルタン、苗字はパルーミアンだが、米国人でMITを卒業したソフトウエア技術者は日本大企業のシリコンバレイ開発部で働いていた。彼が言うには、地元で出来る技術判断をいちいち日本本社が行うのは時間が無駄だと言って、辞めてしまった。多くの場合、権力があると言うことから、技術的内容をよく理解していない日本の本社が判断を下す。日本企業は現地に任せないことが権威を保てることだと考えているのだろうか。これは日本企業や役所の特徴であり、日本民族の特徴でもある。判断を任せるのは信頼の証であり、従業員のやる気を起こさせる基本的条件であり、事業の効率を上げるものである。
中国では、今や日本並みに携帯電話が普及し、労働者の間での話題の多くが会社の待遇であると言う。米国とは異なり、今でもなお日本では新卒初任給は同一企業同一職種では差が無い。これは、競争と差別を嫌う日本人の心の象徴である。努力も能力も個人により異なることを無視して同一賃金にするのは、社会主義的考え方で、公平とは考えられない。事実、中国でも米国でも能力によって賃金が異なるのは当然であると受け止められている。米国では新卒でも学校の成績などにより一人一人初任給が違う。どの従業員も採用されてから三ヶ月は、「猶予期間」と呼ばれ、ことによっては解雇や賃金見直しが起こることもある。私の場合は、米国で通信企業の製品開発技師として雇われたが、三ヵ月後に賃金の見直しが行われ、三割増額となった経験がある。この企業は毎年感謝祭に従業員一人一人に七面鳥肉を丸々一羽配ってくれたが、大企業に吸収されたのちも、この慣例は変わらなかった。土地が違えば人間も習慣も環境もちがう。これに合わせ、会話を交わし、日本流を強要しないことが、日系企業成功の鍵であることに気がついて欲しい。
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