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徳川文武の「太平洋から見える日本」
第八十三回 技術の進歩は雇用を減らすか
一九五〇年代米国のベル研究所で成功した半導体発明は、百年前のエジソンによる電気機器とマルコニやベルによる電信電話の発明以来の大技術革新だった。半導体素子はアナログ回路にもデジタル回路にも使用される。一個の風袋(ケイス)に多数の半導体素子を集合させたものは集積回路と呼ばれるが、その機能は、論理、記憶、切換、演算やその組合せになる。集積回路は当初に比べると、集積度で一万倍、動作速度は千倍ほどに向上した。集積回路の中身の半導体片が小さくなったので、高速動作の中央演算素子(CPU)だけは放熱と端子数が多いため相対的に大きいが、大容量の記憶素子以外は小さいので、それを搭載した回路基板が携帯端末内に収容できている。携帯端末は小型のコンピュータと言える。
半導体の発明によりデジタル電気回路ができ、複雑な回路機能や信号処理が可能になった。一九五〇年代に実用的な商用デジタルコンピュータ時代が始まった。一九六〇年代には衛星通信、一九七〇年代には光ファイバーによる国際通信が実用された。多くの応用技術が登場し、世の中の事業の範囲は飛躍的に拡大された。一九八〇年代に個人用コンピュータ(PC)がアップルやIBMから発売された。一九九〇年代になるとマイクロソフトの基本ソフトウエアであるウインドウズが市販され、インターネット上でPCが交信できるようになった。携帯電話も増え、個人同士や企業での会話も断然便利になった。より性能が良い半導体を製造する製造装置は超高価になる。半導体回路を形成するシリコンウエイファの直径は当初の十センチから三十センチまで大きくなり、歩留も大幅に改善したので、一度に多量の素子が出来てしまう。世界に多くの半導体メーカーは必要なくなり、日本の半導体メーカーはかなり淘汰されてしまった。
テレビ番組「クローズアップ現代」では、「技術革新」により金を稼ぐ「雇用」がなくなる日が来るかと疑問を発している。日米の傾向を見ると、二〇〇〇年頃までは雇用は技術革新と共に増えたが、そののち引続き起る技術革新に対して雇用は増加せず、数年前からは雇用の減少が続いていると言うのだ。これは一体どう言うことか。技術革新が起れば、これを利用して企業の業務はより少ない人員で実現できる。操業の構成要素を資本家(投資)、事業者(企業)、事業環境(総務、製造、販売など)、労働者とすると、事業の操業形態は、「人力」が金を稼ぐ、従来からの「労働集約型」から、コンピュータ、インターネットから得た多量のデータ、その処理ソフトウエアが金を稼ぐと言う「技術革新型」に移行している。従来型企業の管理部門の仕事は、コンピュータがより迅速、正確、大量にこなす。「技術革新型事業」では人工知能やロボット、要するにコンピュータが仕事をこなす中核になり、少ない雇用でより大きい利益を上げる。
歴史的には、さまざまな自動機械が省力化のために導入されていた。銀行に設置された自動金銭出納機(ATM)、鉄道の自動改札機はその例である。最近の犯罪捜査に成功しているのは、各所に設置されている監視カメラで記録された膨大な数の映像から画期的な画像認識技術で犯人を割出す技術である。このような犯罪捜査は、従来型の人海的捜査方法では、なかなか解決できない。
最近サンフランシスコで始まった「携帯呼出型の配車サービス」で、国際的に事業を展開している「ユーバー」の操業は、ただでさえ売上げが減っている地元「タクシー」の労働組合からの反対を受けた。「ユーバー」の社員は十二人で、ソフトウエアとシステム開発をこなすが、従来の管理部門はない。携帯で配車要求を受ける運転手は自分の車を使用し、乗客が乗っているときだけユーバーと労働契約が成立して、ユーバーが加入している事故保険で保護される。日米とも「タクシー」運転手は長時間労働者であるが、「ユーバー」運転手は、自分の都合が良い時間に専用携帯端末で配車待ちができ、働く時間に関する自由度は増える。
いわゆる開発途上国の雇用の過半数は「労働集約型」である。老齢化人口が増え続け、「老人介護市場」が拡大を続ける先進国では、介護士の負担は重く求人が満たされない。国外では看護士の勤務時間短縮の動きさえあるが、日本ではロボットの投入を先に考えるのだろうか。日本の少子化の解消には、労働者の異なる生活事情を考慮し、「欧米並みに雇用形態によらない待遇」の法制化が求められる。北欧には、高い生産性を実現して、一日の労働時間を減らす動きもある。
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