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特集記事

Vol.193 -- 2016 年 05 月号

徳川文武の「太平洋から見える日本」 徳川文武

第八十四回 ムヒカ元大統領の訪日

 この四月初め、彗星のように急遽訪日した人口三百万の南米の国、ウルグアイの老練な元大統領、ホセ・ムヒカ氏は「衝撃的な発言」を残して去った。我々日本人は彼の人生からにじみ出た叫びを聞いた。一方、人口七十万のブータンの若い国王、ジグミ・ケサル氏は、東日本大震災があった二〇一一年十一月に訪日し国会で演説したが、その謙虚な姿勢に我々は心を打たれた。両氏は共に、「国民が幸福だと感じる生活が最も重要である」と力説した。ウルグアイの広さは約四百キロ四方で南はアルゼンチン北はブラジルに囲まれて大西洋に面し、ブータンのそれは約二百キロ四方で北と西はヒマラヤ山脈で中国と、南と東はインド東部と接する全くの高地内陸国で平野部分が殆どない。ウルグアイの一人当たり国内総生産は二万ドル近くで世界の平均以上、南米では経済力が最も高い。隣国のアルゼンチンやブラジルよりよほど高く、ギリシャやロシアに比べると、はるかに豊かだ。日本の動物園で人気がある温泉好きなカピバラの故郷だ。ブータンはネパール同様、空路か陸路だとインドからヒマラヤ方面へ北上するしかない。

 若い時代のムヒカ氏の活動を理解するには、中南米の歴史を遡る必要がある。七世紀中頃アラビア半島に生まれた回教は支配範囲を広げ、十五、六世紀になると、その教徒トルコ民族やイタリア人たちが地中海の覇権を握った。キリスト教陣営の新しい市場開拓する活動が十五世紀末の「地理上の発見」であった。北米を植民地化する英国とフランスに対して、カトリック国であるポルトガルとスペインは中南米に布教軍団を送り込み、中南米の古代王国を十六世紀初頭に滅ぼし、大量の金銀宝石を獲得した。十九世紀初頭まで三百年間、本国の総督が中南米を植民化し支配した。原住民インディオの急激な減少に対応しアフリカから大量の黒人奴隷たちが移入され、国内に人種身分の葛藤が始まった。本国から来た白人の二世、「クリオーリョ」たちは、独立のために立ち上がったが、群小国家の分立、産業の未発達による貧富の格差により、独裁権力の出現や暴動政変が続いた。一八二三年米国大統領モンローは汎米主義を唱え西欧の干渉を排除しようとした。一八九八年米西戦争で米国が勝利し、南米に対し米国の地位が上がった。一九三三年米国大統領ローズベルトは「善隣外交」を展開、汎米大陸に対してブロック経済を開始する。

 第二次世界大戦の前後に中南米に米国と結んだ軍事政権が次々と生まれた。大戦終結後、資本主義陣営(欧米諸国)と社会主義陣営(ソ連諸国)の間に「東西冷戦」が始まり、米国は中南米への共産主義勢力の浸透を恐れ、経済協力と集団安全保障体制を強めた。一九四七年に反米活動妨害のため諜報機関として中央情報局(CIA)を設けた。一九五九年キューバ革命でカストロ政権がフルシチェフと結びソ連のミサイルを配備すると、米国大統領ケネディはキューバ包囲網をしいた。キューバ革命の成功は、中南米諸国に急速に伝染した。一九六〇年から五年間大統領であったムヒカ氏は若い頃、極左ゲリラであり、多くの労働運動に参加していた。一九七五年中南米諸国に一斉に現れた軍事政権は、反共産主義の共同歩調が取られ、議会政治の抑圧と非人道的措置が取られた。米国はしばしば中南米諸国に介入し親米的な軍事政権を支援した。一九八九年にベルリンの壁が取り除かれ、中国で天安門事件が起きた。二年の後ソ連社会主義国が崩壊する。米国が一九一四年に建設して以来支配していたパナマ運河は、一九九九年パナマ共和国に返還された。それはちょうど清朝の香港島を含む地域が、大英帝国により九十九年間租借され中国に返還されたのと似ている。

 中国が資源需要を表明した(原油生産企業の買収など)一九九八年以前は、中南米諸国は相変わらず産業が未発達で、輸出により十分な外貨を稼ぐことが出来なかった。中国の資源(エネルギー、鉱物、食料)獲得外交の裏面は、対象とする資源国への自国の製品を売込み、交通網通信網など社会インフラの売込み、中国人を移住させることによる相手国の乗っ取りが目的と見える。そのような意味で、現在の資源国の多くは発展途上国(アフリカ、アジア、南米など)であり、米国の神経を逆撫でするのは、中国が中南米カリブ海諸国を支配下に入れる動きである。第二次大戦後に機会がありながら中南米諸国の産業が成長しなかった原因は、政治介入を続けた米国にあると言える。

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