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特集記事

Vol.186 -- 2015 年 10 月号

徳川文武の「太平洋から見える日本」

第七十七回 インドネシアは高速鉄道計画を断念してよかった

 インドネシアがジャワ島のジャカルタ・バンドン間の約一二〇キロに高速鉄道の建設を日本と計画していたところへ中国が加わり、受注競争が激化した。日本は五千百億円、中国は六千百億円で入札したが、インドネシアのジョコ大統領はこの九月、財政上の理由で計画を撤回した。インドネシアを日本と比較すると、国土は六倍、人口は二倍、天然資源も豊富だが、島が多いため社会下部構造の整備が困難、また物価上昇も年率七パーセント、交通運賃の値上げ、多民族と多宗教の共存による課題も多い。
経済成長も順調だが、充実した「通勤路線交通」を実現することが高価な「高速鉄道」の建設に優先すると私は思う。

アジアの植民地化と鉄道建設
十五世紀末には、西欧諸国が世界航海に乗出し、アフリカ、アジア、アメリカ大陸を発見して植民地化する契機になった。それ以前の十五世紀初め、明朝中国の鄭和がアジア・アフリカに大商船団を送ったのは事実だが、その時代の海域を「現在の自国領海」と主張する中国は傲慢だ。東アジアでは、十七世紀初めオランダが香料貿易の拠点を「ジャワ」(インドネシア)に置くため「東インド会社」を設立したが十八世紀末に解散した。イギリスもオランダと同じ頃東インド会社を、十八世紀に「清朝中国」広州に商館を設立した。西欧では産業革命が起こり、蒸気機関が船の推進に、十九世紀にはイギリスで鉄道に使う「蒸気機関車」が発明された。この技術は西欧各国に波及し、十九世紀後半には、イギリスがインドと清朝中国、オランダがジャワ(インドネシア)で鉄道を開通した。

海を渡った日本の鉄道技術
東アジア・東南アジアの諸国で、現在、国土と人口と鉄道路線をもつのは、大きな順では中国、インド、インドネシアである。大日本帝国時代の日本軍は、満州(中国)、朝鮮、台湾、インドネシア、タイなどに進出し、主に国鉄の鉄道車両を送り込んだ。とくに南満州鉄道(満鉄)は広東軍の支配下に置かれ、当時日本で実現できなかった「標準軌道」(新幹線と同じ軌道幅)を走る夢の特急「あじあ号」が大連・ハルビン間に投入された。当初の満鉄は、帝政ロシアが清朝中国の北東部を租借してシベリア鉄道の延長として建設した広軌の「東清鉄道」だった。のちに鉄道権益は米国に移り標準軌道に変更され、米国製車両が使用された。また日本併合下で朝鮮の天然資源確保のため、日本で朝鮮鉄道の急勾配貨物線向けに電力回生制御つきの電気機関車が開発製造された。終戦末期で時すでに遅く、朝鮮で稼動されなかったと言う。

太平洋戦争後になり、インドネシア、フィリピン、ミャンマー(旧ビルマ)、マレイシアなど東南アジア諸国には、日本で退役整備された、通勤電車、ディーゼル機関車、客車、ディーゼル車などが海外支援として送られ、多数活躍しているのは喜ばしい。オランダ植民地時代のインドネシアで建設された鉄道は、当初「標準軌道」であったが、費用節約のために日本並みの「狭軌軌道」に変更された。インドネシアには日本で親しまれた通勤電車が七百両も走っている。台湾には二〇〇七年日本の新幹線型車輌が輸出され、フランスの列車統括システムにより運行されている。都市部の通勤路線には東京のメトロのような日本製車輌が運行されている。

ヨーロッパとアジアを結ぶオリエント急行
十三世紀にスイス地方の豪族として台頭し、神聖ローマ帝国の歴代皇帝を出したのは、後のオーストリアのハプスブルグ家である。この歴代皇帝は中世ヨーロッパの多くの名家と姻戚関係で結ばれ、第一次大戦終わりまで、六四〇年もの間、ヨーロッパ地域の政治、経済、文化、学問などに大きな影響を与えた。現在のユーロ経済圏の骨格がここにある。地続きで直径二千キロ余りの西欧文化圏は、「馬車交通」が移動手段であった。十九世紀に出現した「汽車鉄道」は人々の移動を飛躍的に容易にした。一八八三年に運行開始された豪華寝台列車、「オリエント急行」では、鉄道が国境を越えて結びつき、「華の都」パリと「東洋への扉」、トルコのコンスタンチノープル(イスタンブール)が結ばれた。その車輌や路線経路は時代によって異なるが、ロンドン発、パリ発、ストックホルム発などがあった。オリエント急行は多くの文学作品の舞台に現れる。一九三四年アガサ・クリスティは、小説「オリエント急行殺人事件」で一躍有名になり、この作品は一九七四年に映画化された。鉄道は今も異郷に対する想像と夢を運んでくれる。

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